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遺失物への執着——卒業論文集の巻末言
この文章は私が指導に関与したゼミの卒論集における巻末言です。短いですが、講師や図書館員、研究員などを非常勤とし…
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私達が皮肉なインスタレーションと化す——MUCA展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜感想
就職活動が本当の意味でひと段落し、来年度から広島の大学で図書館職員をすることになった。日本を代表する大都市と…
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「海辺に揺蕩う言葉たち」への長い導入文、およびこれまでのukiyojinguについて
(約9,400字) はじめに 17時半過ぎに新大阪駅を発車した新幹線は瞬く間に加速し、いつの間にか通路側に座る…
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魔法と情動に抵抗する——デジタル時代における文学=ソースコードの必要性
情報学と情報科学の交点へ 最後にここで文章を書いて公開してから半年くらいは経過しているだろうか。そう思いサイト…
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写真の「死」に触れる――「TOPコレクション セレンディピティ:日常のなかの予期せぬ素敵な発見」展
5月21日は、日付が変わった0時時点から動いていた。0時10分に京都駅八条口を出発するバスに乗り、朝7時に東京…
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1960年代における筆跡の消去は今?——「Re: スタートライン 1963-1970/2023現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係」感想
ついこの間に京都市京セラ美術館に行ったばかりだというのに、また岡崎公園に来ている。先日は京都京セラ美術館に行っ…
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過去と未来の接続点=「現在」の表象可能性——「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」感想
岡崎の5月は例によって人であふれていて、京都市京セラ美術館前にあるバス停では市バス職員とボランティアらしき人が…
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都市の摩擦熱——近代と前近代がもたらすもの
はじめに 2022年の夏、私は京都から大阪の泉北ニュータウンまで通う日々を送っていた。午前6時に起床し、朝食…
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初音ミクの表皮——ボーカロイドの15年から見る「初音ミク」と「私たち」
本企画はobscure.さん主催の、ボーカロイドに情緒を破壊されている人々による企画「#ボカロリスナーアドベン…